フォトリフラクティブ効果

1.はじめに
 フォトリフラクティブ効果とは,物質中にホログラムを形成する現象の一つである。ホログラムとは物体からの反射光と参照光とを干渉させ,その干渉縞を記録するもののことで,物体からの光の反射強度だけでなく,光の位相情報をも記録することができる。ただし,フォトリフラクティブ効果によるものは,一般に知られているホログラムとは形成のメカニズムが大きく異なり,フォトリフラクティブ効果ならではの特別な現象が発生する。これらの現象は,光制御素子や立体ディスプレイに応用することができ,近年,開発に期待が高まっている。特に高分子フォトリフラクティブ材料は,大面積のフィルムにすることができるため,立体ディスプレイ材料を目指して活発な開発が行われている。フォトリフラクティブ効果によるホログラム形成は,光化学反応に基づくものではなく,光吸収によって物質内部に電界が発生し,その電界で電気光学効果が生じて屈折率が変化するというメカニズムによって生じる。光導電性と電気光学効果を示す透明物質で見られる現象である。


図1 フォトリフラクティブ効果のメカニズム. (1)光が干渉し明暗の縞模様ができる (2)干渉縞の明部で光導電性色素が光を吸収し,正負の電荷が発生する (3)負電荷は移動度が遅く明部に留まり,正電荷は全体に拡散する。その結果,明部は負に帯電し,暗部は正に帯電する。明部と暗部の間に電界が発生する (3)発生した電界によって屈折率が変化し,屈折率の違いによる縞模様が形成される.

2.フォトリフラクティブ効果のメカニズム
 有機系フォトリフラクティブ材料は,光導電性化合物とD-π-Aクロモフォアから構成される。この様な物質中でレーザー光が干渉すると,以下に記す一連の現象が起こる(図1)。干渉縞の明るい部分で光導電性化合物が光を吸収して正負の電荷が発生する。この電荷は電子とホールの場合もあるし,正イオンと負イオンの場合もある。いずれの場合も正電荷と負電荷では移動度に差があるため,干渉縞の明るい部分と,暗い部分との間に電位差(内部電界)が発生する。D-π-Aクロモフォアは大きな双極子モーメントを持ち,また複屈折性が大きい。そのため,内部電界が発生するとD-π-Aクロモフォア(双極子モーメント)の向きが変化し,見かけの屈折率が大きく変わる。その結果,図1に示す様に屈折率の高低による格子縞(屈折率格子)が形成される。この屈折率格子はレーザー光を回折することができる。メカニズムから明らかなように,フォトリフラクティブ効果での屈折率の変化は干渉縞の明るい部分と暗い部分の中間のところで生じる。そのため,屈折率格子の縞模様の位相は干渉縞の位相からずれたものになる。このずれが非常に重要で,干渉条件からずれたホログラムは独特の強力な特性を持つのである。その一つに2光波結合がある。干渉している2本のレーザー光の間にエネルギーの非対称的な移動が生じ,片方のレーザー光のエネルギーがもう一方のレーザー光に移ってしまう。そのため,屈折率格子が形成されるにしたがって,材料を透過するレーザー光の強度が変化することになる。図2の様に,片方のレーザー光の透過強度が小さくなると同時に,もう一方のレーザー光の透過強度が対称的に大きくなっていく。一般的なホログラムでは,干渉縞の明るい部分で光化学反応や光熱効果が生じて屈折率格子が形成されるため,屈折率格子の位相は干渉縞と完全に一致する。その場合はレーザー光の透過強度は変化しない。したがって,ある試料中でレーザー光を干渉させた時に,それぞれの透過強度が対称的に変化すれば,それはフォトリフラクティブ効果発現の有力な証拠の一つとなる。色は変化しないままで屈折率が僅かに変化するため,体積ホログラム格子の作成が可能である。さらにフォトリフラクティブ効果によるホログラムは形成が可逆的であるので,光の伝播制御をはじめとする様々な光学素子に応用することができる。


2 2光波結合実験での透過光強度の変化.光化学反応で屈折率格子ができてもレーザー光の透過強度は変化しないが,フォトリフラクティブ効果で屈折率格子が形成された場合,レーザーの透過強度は対照的に変化する.

3.有機アモルファス高分子でのフォトリフラクティブ効果
 高分子フォトリフラクティブ材料は,光導電性高分子を主体とするものと,D-π-Aクロモフォアを有する高分子を主体とするものに大別される。光導電性高分子に,低分子量のD-π-A化合物と可塑剤等を大量に混合したものが高いフォトリフラクティブ効果を示すことが知られている。これは結晶性化合物中に高分子を混合してアモルファス状態で固めたもので,時間経過とともに結晶が析出して濁ってしまうため安定性が問題となるが,近年ではかなり克服されている。液晶性高分子の等方相やブロック共重合体などの,微細なドメイン構造を形成する材料において,フォトリフラクティブ効果の増幅現象も見出されている。これらでは安定材料で大きなフォトリフラクティブ効果が得られる。実用化を目指した場合には,応答時間の短縮が求められる。内部電界によるD-π-Aクロモフォアの配向変化は分子の動きによるものであるから,応答は遅くなってしまう。高分子材料では,電荷分離効率を高めるため,材料に数V/μm程度の電界を印加するのが一般的である。100μm厚のフィルムに対して数kVという高電圧になる。Tgの低い材料を用いてこの電界を低減化する試みも行われている。また,ホログラム画像が長時間メモリーでき,さらに書き換え可能な材料も報告されている。これを用いれば透明で大画面の媒体に立体ホログラムを形成できる。明瞭なカラーホログラムを軽量大面積の透明フィルム中に形成できるため,工業デザインの立体可視化や医学への応用が期待されている。


4.液晶のフォトリフラクティブ効果
 高分子と同様に精力的に研究されているのが液晶系化合物のフォトリフラクティブ効果である。カルバゾール系化合物やフェニルアミン系化合物,フタルイミド系化合物やフラーレン,カーボンナノチューブ等を混合したネマチック液晶はフォトリフラクティブ効果を示す。液晶系材料の特徴は0.1V/μm程度の小さな電界印加で大きな回折効率が得られることである。また,低分子ネマチック液晶と高分子のコンポジット材料を用いることで,低電界,高回折効率,高速応答が得られることが報告されている。さらに強誘電性液晶も有力な実用的フォトリフラクティブ材料候補として期待されている。光導電性化合物を混合した強誘電性液晶では,光の干渉によって強誘電性液晶の分極変化を誘起することができる。強誘電性液晶の自発分極の電界応答は非常に高速であるので,フォトリフラクティブ効果の高速化が可能となる。数ms〜数十msの応答が容易に得られる。さらに強誘電性液晶に交流の電界を印加すると,液晶分子は連続的なスイッチング運動を行う。光導電性化合物を含む強誘電性液晶に交流電界印加下でレーザー光を干渉させると,干渉部分で発生した内部電界によって,液晶のスイッチング運動が摂動を受ける。その結果,干渉縞に沿って液晶の運動状態が周期的に異なった動的な格子縞が形成される。この交流下でのフォトリフラクティブ効果をモーションモードフォトリフラクティブ効果と呼ぶ。モーションモードフォトリフラクティブ効果においてホログラム画像形成も可能であることが示されている(図3)。


3 強誘電性液晶のモーションモードフォトリフラクティブ効果によるホログラム画像形成.

強誘電性液晶を使うと、動くホログラムが形成できます。動いて見えるのではなく、
縞模様(屈折率格子)が時々刻々変化するホログラムです。


フォトリフラクティブ強誘電性液晶による光信号のリアルタイム増幅実験の動画

フォトリフラクティブ強誘電性液晶の実時間ホログラム形成実験の動画

フォトリフラクティブ動画A ←Appl. Phys. Lett.102, 063306 (2013)に掲載

フォトリフラクティブ効果によるフーリエ変換ホログラム実験

高分子学会誌「高分子」2010年 フォトリフラクティブ材料紹介の記事

Ferroelectrics / Physical Effects  (M. Lallart (Ed.) INTECH), Chapter 21, 487-506 (2011).強誘電性液晶のフォトリフラクティブ効果の解説(英文)
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