English ver. of RIST HP

研究テーマ

 近年の有機合成技術の進歩は目覚ましく、特にアルキル化、アルドール反応ならびにアリル化反応などの主要な炭素−炭素結合形成反応の立体選択性を制御する方法が確立されたことから、数多くの高次構造分子が合成されています。また、有機化合物の分離、精製技術の発展により少量の物質を純粋な形で単離することが可能になり、さらに、高分解能超電導核磁気共鳴装置を用いることで微量サンプルであっても構造解析が実現できるようになってきました。しかしながら、これほど発達した最新技術を駆使してさえなお効率的に生産できない物質も少なからず残されており、これらの分子の人工供給法を確立するためには今まで以上に各工程の高効率化を図ることが求められています。また、医薬・農薬・香料に代表される生物活性化合物は分子内に複数の不斉炭素を有するうえ、効果を示すのはこの中の唯一の立体異性体に限られる場合がほとんどであることから、望みの三次元構造を有する化合物だけを選択的に合成する手段の開発も非常に重要な研究課題です。
 本研究室では上で述べた現代の有機合成化学の背景を踏まえ、テルペンおよびマクロライドなどの天然有機分子、あるいは抗菌剤、抗がん剤ならびに免疫抑制剤などの生物活性化合物の立体選択的な全合成法の開発を主なテーマとして研究を行っています。

参考URL

https://www.tcichemicals.com/eshop/ja/jp/commodity/M1439/;jsessionid=49BD8040D6B2EA329315F682BEAB1784

https://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/tcimail/application/116-21.html

https://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/tcimail/application/124-17.html

https://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/tcimail/application/131-16.html

https://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/tcimail/application/141-21.html

・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)

・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)[英語版]

・椎名マクロラクトン化(Shiina Macrolactonization)

・TCIメール[日本語版]

・TCIメール[英語版]

・MNBAを用いた全合成研究(CSJ 学術賞受賞論文)

・全合成研究における不斉アルドール反応の活用(The Chemical Record 記念論文)

 

研究項目

(1)天然薬理活性有機化合物の不斉合成研究
 天然から単離された有機化合物には有効な薬理活性を有するものが数多く存在しています。従来から、当研究室では光学活性ポリオキシ化合物の立体選択的合成法や効率的なラクトン形成法などのオリジナルな手法を駆使して複雑な構造を有する薬理活性分子の化学的合成法を確立して来ました。引き続き、ボトシニン(真菌類から単離されたイネいもち病薬[天然6員環ラクトン])、メリリアニン(しきみの木から単離された抗リュウマチ活性化合物[天然7員環ラクトン])、アクチノラクトマイシン(放線菌由来の抗腫瘍性化合物[天然9員環ラクトン])、アスタコラクチン(地中海の海綿から単離されたセステルテルペン[天然8員環ラクトン])などの合成研究を展開しています。
(2)光学活性ポリオキシ化合物の立体選択的合成
 有効な薬理活性をもつ有機化合物を合成ターゲットとした場合、多くの化合物は分子内に複数の水酸基を含んでいます。したがって、これらの水酸基に直結する不斉炭素の立体化学を制御しながら合成検討を進めなければなりません。本研究室ではこれらの課題にも取り組み、不斉向山アルドール反応あるいはラセミ化合物の速度論的光学分割法などの斬新な手段を活用して天然有機化合物の基本骨格を構築する方法論の開発を行っています。
(3)3成分連結法を活用するホルモン系抗がん剤の効率的合成
 乳がん、子宮がん、前立腺がん、あるいは閉経後の女性に多く見られる骨粗鬆症などの疾患はホルモンのバランスの破綻が原因で生じると考えられています。最も効果的なこれらの治療法はホルモン投与であり、人工有機化合物をアゴニストやアンタゴニストとして生体に作用させることにより健康を維持することが可能になります。ごく最近、当研究室では芳香族アルデヒドのアリル化とアルキル化反応を連続して行う3成分連結法を開発し、この手法を活用すると人工ホルモン系乳がん治療薬であるタモキシフェンが短工程で得られることを見出しました。現在、様々な構造を有するタモキシフェンの類縁体(ラソフォキシフェンやリダイフェン)の調製とそれらの薬理活性の調査を進めています。
(4)穏和な条件で進行する効率的なエステルおよびアミド結合形成反応
 炭素−炭素結合(CC結合)形成反応と並ぶ重要な有機合成反応の一つに脱水縮合反応があります。 近年、有効なCC結合形成反応の研究は盛んに行われていますが、双輪の一方をなすエステル結合やアミド結合を形成する優れた手法の開発は立ち後れた状況でした。本研究室ではこの分野でも斬新なアイデアを提供し、ごく最近いくつかの新反応剤を開発することに成功しました。これらの化合物として、例えば、2−メチル−6−ニトロ安息香酸無水物(MNBA)[超高速なラクトン形成反応を実現した縮合剤]、あるいは、カルボニルジオキシジピリドン(CDOP)[中性条件下で利用できるペプチド合成試薬]などがあります。現在、これらの革新的な反応剤を用いてユーシェアリライド(抗生物質[天然24員環ラクトン])あるいはテトラヒドロリプスタチン(抗肥満剤[人造4員環ラクトン])等の合成検討を行っており、今後も入手困難とされていた分子の人工供給に役立つ新手法の開発を行います。
(5)分子軌道法を用いる反応機構解析
 近年の機器分析法の発達により安定な化合物の基底状態の構造を確定することは容易になってきましたが、寿命が短い不安定な化学種や反応の遷移状態の解析を行うことは従来困難とされてきました。しかしながら、化合物の安定構造から反応性や選択性などが予測できない場合は、遷移状態を知る必要が生じます。ここでは計算化学を活用して結果の解釈と反応の予測を行うことにより全合成研究をサポートする方法を探究します。