■研究室紹介
◆真鍋研究室の発足
真鍋教授は、先輩である井口教授(当時東京理科大学助教授)の誘いで、昭和48(1973)年4月、東京理科大学の専任講師に着任、研究室を開設した。着任翌年、博士の学位取得、昭和50(1975)年、助教授に昇格、平成5(1993)年、教授に昇格、そして2011(平成23)年3月で定年を迎え、現在は授業嘱託教授。今年度(平成23/2011年度)いっぱいは専任扱いで、研究室も今年度限りで閉鎖となる。卒業生・在学生合わせて、真鍋研メンバーは528名に及ぶ。
◆研究室スペース
研究室は2005(平成17)年度までは神楽坂校舎の7号館であった。最初は8階の角の1部屋であったが、9号舘建設に引続く1号舘改築(創立100周年記念事業)によってスペースが僅かながらも充実され、事務室・図書室が9号舘に移動したあとのスペースに構法系研究室が納まっていた。9階へ移ってからは、すぐとなりに演習室(第三製図室)があったため、製図等の授業が無い時は卒業研究の作業や研究室ゼミに、そして研究室のコンパやOB会の二次会などに、大変重宝していた。
2006(平成18)年度からは、神楽坂校舎の再構築計画のために、工学部第一部4学科(建築・電気・経営・機械)と第二部3学科(建築・電気・経営)が、九段校舎へ移転した。九段校舎は、九段下駅(1番出口)から至近の便利なシチュエーションにある、旧・日本住宅公団の本社ビルを改装したものである。狭さについてはどうにもならないものの、新装なった校舎では建築学科のほぼ全研究室が同じ階にあり、1つの校舎に全施設が納まっているから、スリッパ履きの「室内感覚」で日々研究・教育に励んでいる。真鍋研も今年度限り、また平成25(2013)年度からの金町移転で九段校舎自体も無くなるから、年度内に是非一度おいでいただきたい。◆助手・院生の充実
研究室の助手・補手は、現在の濱補手で10代目で、真鍋研究室出身者はその内3名。歴代の助手(現・助教)・補手(事務職扱だが実質業務は助手)の出身校は、東京理科大学・同理工学部・明治大学・早稲田大学・武蔵野美術大学・東京大学・千葉大学・筑波大学と、多彩である。現在では大学全体で助手は任期制となり、人事は原則公募とされているが、真鍋研究室では設立当初からその方針でやって来た訳である。
研究室開設3年目には最初の大学院生が進学した。その後は大学院生も次第に増え、やがて大学院生の存在を前提とした研究室体制が定着する。最盛期には一・二部卒研生、共立女子大生、大学院生、助手を含んで、総勢30人におよんだこともある。現在は最終年度で院生・卒研生の定員も減ったが、それでも17人と、やはり大世帯である。
◆「黄表紙」量産時代
優秀な大学院生・卒研生が定員いっぱいいる時期が続くと、研究成果も上がる。日本建築学会の論文集は、特に計画系では概して論文数が少ない傾向があるが、研究室では例年これだけのパワーを掛けて論文を作成しているのだから、積極的に投稿して、外の世界からの評価を受けるようにしている。
平成3(1991)年までは建築学会の小生の投稿論文は時々しか無かったが、現役の修士課程の院生と連名で、平成6(1994)年10月号から平成9(1997)年までの間に、論文集8編と、教え子をファーストオーサーにした共著論文1編、技術報告集3編、国際会議1編と、合計13編の投稿・掲載に至った。これは別に昇格人事が絡んでいた訳ではなく、純粋に大学院生諸君との協力の成果を形に残そうと思った結果である。◆研究室対抗サッカー大会の主催
例年梅雨入り前の頃に行なっている建築学科研究室対抗サッカー大会は、真鍋研究室開設時から何故か真鍋研主催で続いて来た定例行事である。開始以来ほぼ毎年、小生自身も試合に出場し、時には人数不足の他研究室に応援参加するなど、大活躍をしていた。しかし膝を傷めた年に試合に出なかったところ、それまで万年下位だった真鍋研が、何と優勝してしまったではないか。試しに翌年も試合に出るのを遠慮してみたら、またまた優勝。これは何を意味するか明白である(笑)。だから、もう老醜を晒すのはやめにした。
なお、現在では後継者として郷田先生に幹事役を引継いでいただいている。◆共立女子大学の講義と卒業研究
昭和56(1981)年度から平成14(2002)年度まで、共立女子大学(家政学部生活美術学科)の非常勤講師を担当していた。昭和62(1987)年度からは同大学から卒論生を受け入れており、例年1〜4名の卒研生が来ていた。平成14(2002)年度までで共立女子大からの卒論生は通算40名に達した。例年、主に部品・構法の変遷等をテーマとして、理大生といっしょになって優れた論文を書き、卒業後に大学院へ進学したOG(博士過程を出て母校の教員になった)者もいる。
◆建築構法計画学とは
建築構法計画学とは、さまざまな構法を整理して設計のための道具として汎用性のあるものを作ること、すなわち、さまざまな専門分野での研究や経験の結果として得られた知見を総合して、実際の建物の具体化に役立つ「手法」にして行くことである。つまり構法計画とは、「建物を実現するための理論と工学」に他ならない。
建築の設計とは創造的な行為であり、個別の建物の設計はそれぞれの与条件に対応した特殊解であるという見方もある。また構法の種類は無限にあるという考え方もある。しかし実際の建築行為に於いて判断・処理される情報の大部分は客観的な知識の蓄積であり、多くの建物の設計に共通な一般解はやはり存在すると考えられる。また無限にあり得る構法も、原理的な視点からは体系的に分類整理が可能であると考えられる。
さまざまな設計上の手法や多種多様な構法が、設計のための道具として活用されるためには、単に個人の経験として経験的に修得されるのでなく、蓄積・伝達・教育が可能な客観的な形に整理しておく必要があり、そのためには「原理に基づいた体系的な整理」が必要である。そして、その整理と体系化のための理論体系が「構法計画学」である。
構法を体系的に分類・整理する場合の視点としては、
1)建築に対して存在するさまざまな要求を満たすための構法上の手段(手法)にはどのようなものがあり得るかという「要求側からの視点」による分類、
2)建築各部の構法にはそれ自体の構成の原理からどのような種類のものがあり得るかという、「構法側からの視点」による分類、
の2種類がある。それぞれの視点から、「あり得る構法」を、原理に基づいて、演繹的に、網羅・体系化する方法が学問体系としての意義であり、またその方法論に従って収集・整理された無数の「手法」は、設計のための基本要件のチェックと、新しいデザインのためのアイディアソースとなるものである。