液体の粘性係数


1. 目 的

 液体中に吊るした円板のねじれ振動の減衰率から液体の粘性係数を求める。


2. 課 題

 水道水またはイオン交換水の粘性係数を測定する。温度は、室温プラスマイナス数度の範囲で3点ないし5点を測定する。なお、水中測定が空気中での測定より簡単であるので最初に水中測定からするのが望ましい。


3. 解 説

 水を満たした容器を回転させると、水は容器の壁に引きずられて運動を始めやがて水全体に回転運動が生じる。容器の大きさを非常に大きくすると(例えば、容器の半径と深さを2桁大きくし、回転の速度は元と同程度)水の運動は容器全体に広がらず容器の壁の近くに限定されるだろう。壁からの距離にしたがって速度が小さくなっていくのは水の内部で摩擦が発生し、エネルギーの散逸が発生するからである。この流体の内部摩擦を流体の粘性とよぶ。水のように体積変化の無視できる流体に働く単位体積あたりの摩擦力は、流体の運動がxy面内に限られその速度成分が vx=u , vy=0 であるとき、

   (1)

のように速度のz方向の勾配に比例する。この比例係数が粘性係数であり、デイメンジョンは [M L-1 T-1] である。容器の壁面をz軸の原点に選べば f0x は壁の受ける粘性抵抗(摩擦力)に等しい。

 流体に接する壁が振動運動をすると、壁から鉛直方向に伝播する波動が発生する。その振幅は距離に対し指数関数的に減衰する。振幅が1/eになる距離を表皮効果の厚さと呼ぶ。流体中で円板を回転振動させ、円板の周囲の流体が表皮効果の厚さの数倍あればこの円板の減衰は純粋に流体の粘性抵抗によるもである。したがって円板の減衰率から流体の粘性係数を求めることができる。
 メイヤーの求めた公式によると粘性係数

   (2)

である。ここに、M:円板の慣性モーメント、R:円板の半径、d:円板の厚さ、ρ:液体の密度、T:空気中での振動周期、λおよびλ0:液体および空気中での対数減衰率である。
 対数減衰率は次のように定義される。円板の慣性モーメントをM,抵抗係数をΓ、ねじれモーメントをF、およびねじれ角をΦとすると運動方程式はつぎのとうりである。

   (3)

ここで、 , とおくと一般解は下記のとおりである。

Φ=Φ0e−γtcos(Φ t + θ)    (4)

周期TはΓが小さいとして

   (5)

であり、1周期ごとの同位相の振幅の比の対数として対数減衰率λが定義される。

   (6)


4.  装 置

 図1のような装置を用いる。円板Aの中心を通りこれに垂直な軸に小鏡mをとりつけ、これを細い燐青銅線で、釣り下げ、円形水槽F中の液体中で円板の回転振動ができるようにして、全体を箱の中に入れる。tは液温を測る温度計である。振れ角の時間変化は、赤外発光ダイオードの光で鏡を照射し、反射光をPSD(位置検出ダイオード)素子で受け位置に比例する電圧をペンレコーダで記録する。このペンレコーダは記録紙にアナログ波形を描くと同時に、ICカードに数値データを記録することができる。このデジタル信号はカードリーダーからパソコンに読み取ることができる。図2に測定系の全容を示す。



図1 粘性係数測定装置


図2


5.  測 定


回転円板の慣性モーメント

 空気中での円板の周期は(5)式で与えられるので、円環Gの慣性モーメントをM’とし、円板に円環を乗せたときの周期は

   (7)

となり、5式と7式の比をとってMが得られる。

   (8)

ここに円環の慣性モーメントM’はつぎの式によって計算される。

   (9)

ここに、h:円環の高さ、r1よびr2:円環の内半径および外半径、およびρ:円環の密度である。


振動周期と対数減衰率

 図3はパソコンに取り込まれた円板の振動の時系列データをグラフ化した例である。取り込み周波数135Hzでデータは16000個ある。これからピークの位置と振幅を求め、前者から周期を、後者から対数減衰率を求める。



図3



図4



図5

 図4はピークの位置を示し、図5は規格化した振幅の対数を1周期毎にプロットし、線形回帰直線を求めたものである。

Y=A−B・X

で B=0.15714±0.00060 が得られ、これが対数減衰率 γT である。これらの処理はパソコンのOriginと呼ばれるソフトで処理した。詳しくは補助プリントを参照せよ。


実験例

円板の直径
 
 
 
 
平均
9.950
9.930
9.955
9.980
9.955
9.954 [cm]
円板の厚さδ
 
 
 
 
平均
0.300
0.300
0.335
0.335
0.335
0.321 [cm]
       
円板の半径 R 4.977 [cm]    
       
円環 : 外径 D
 
 
 
 
平均
9.950
9.925
9.950
9.950
9.950
9.945[cm]
円環 : 内径
 
 
 
 
平均
9.000
9.025
9.025
9.025
9.025
9.020[cm]
       
半径 r1 4.972 [cm] 半径 r2 4.510 [cm]
       
円環の高さ h  
 
 
 
 
平均
0.600
0.625
0.625
0.620
0.625
0.619 [cm]
円環の質量 71.80 [g]


  円環の体積  (r12 - r22)π・h
          = (4.9722 - 4.5102)×3.142×0.619 = 8.543 [cm3]

  円環の密度 ρ   71.80 ÷ 8.54 = 8.41 [g/cm3]

  円環の慣性モーメント


  円板の慣性モーメント T=9.92 sec  T’=12.86 sec





したがって     M = 2330 [g・cm2]


水道の水の粘性係数


1. 水温 27.1 [℃] の場合,λ=0.2442 , λ0=0.015




2. 水温 46.1 [℃] の場合,λ=0.1885 , λ0=0.0150




参 考


水の粘性に対する微視的な視点

 水は極めて特殊な構造を持つといわれている。固体の水、すなわち氷は特有の結晶構造を持ち、その特徴は水素結合である。水素結合は陰性の原子と結合した水素原子がもう一つの陰性原子の電子対と結ばれてできる結合である。氷の結晶では一つの水分子の水素が別の水分子の酸素と水素結合を作り、一つの酸素分子の周りには常に4個の水素分子が存在する。その結果12個の水分子に囲まれた大きな隙間が作られている。(水よりも氷の方が体積が大きいのはこの結果である)温度が上昇すると、この水素結合が切れて同時に、隙間に分子が落ち込んでいく。水素結合は温度が高いほど切れやすく、また常温では完全に切れずにいわばルーズな結晶の集合体で、結合が切れたり再結合したりしていると考えられる。水の粘性を分子論から理論的に説明することは今日まだ未解決の問題といえる。ただ温度が低ければ水素結合の割合は相対的に増え粘性は大きくなる。経験的な法則、Andreadeの関係式が知られている。

   (10)

ここで、A:定数、k:ボルツマン定数、ε:活性化エネルギー、および T:温度(K)である。

メイヤーの式の意味
 回転振動する円板に引きずられて運動する流体の運動は、回転軸をz軸とする円柱座標系で記述するとき、

Vy=Vz=0 かつ VΦ=V=rω(z, t)

である。流体力学によれば、この時流体の角速度ωはつぎの方程式を充たす。(詳しくは補助プリントを参照)

   (11)


境界条件、

ω=−Ωφ0 sin(Ω t) on z=0
ω=0 as z ⇒ ∞

を充たす解は、

ω=−Ωφ0 e−kzsin(Ω t−k z)   (12)

円板の両面に働く摩擦力のモーメントは、

   (13)

であり、円板に接する面での流体の運動に要する仕事は次の通りである。

   (14)

一方回転円板が摩擦力に抗してする仕事

   (15)

である。ここでとおいて、

   (16)

を得る。メイヤーの式(2)との違いは円板の縁の効果を無視しているため分母の第2項がなく、また縁に引きずられる流体の効果が無視されているため、λ/2πの第2項以下がない。しかしながら導出の筋道は理解できただろう



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