9703- 上海  
 

上海は夢の街である。超高層ビルが林立する新しい上海も、バンドと呼ばれる河にそって豪壮な建築が立ち並ぶ昔の上海も、ともに人間の欲望と夢の産物だ。
10年前、僕はひょんなことから横浜市の代表として上海を訪れることになった。横浜と上海は友好都市なのである。当時、中国が開放政策へと舵をきりなおしたこともあって、僕たちは熱烈な歓迎を受けた。この巨大都市が長い眠りから覚めたばかりのことだったために、日本から訪ねていった僕たちとの間に何か奇妙でちぐはぐな行き違いがあり、それがとても面白かった。時代の変わり目には、通常では考えられないことがおこる。上海市外務省の迎賓館を訪れた僕たちはTシャツに半ズボンという格好のただの日本の若者だったのだけれど、迎えてくれた上海市人民政府の偉い人たちはかえって緊張しているようにみえた。テレビで良く見るような立派な椅子をならべた部屋で通訳をいれての仰々しい会談がおこなわれたというわけである。中国語に堪能な友人が先方の代表の相手をした。かたや人民政府の高官であり、かたやラフなかっこうの若者である。上海に数多くある近代の様式建築を調べるのが目的の旅だったので、僕たちはまさかそんなフォーマルな歓待を受けるとは思っていなかったのである。今考えても、ほんとうに冷や汗ものである。
街のほうはといえば、すでに今日の上海のパワーを感じさせる徴候がそこここに感じられるのだった。バンドに沿った人民政府や中国銀行、ホテルなどの建築がリノベーションされるのと同時に街中に再開発がはじまり、超高層ホテル、オフィスが次々と建設されている。20世紀のはじめには東京や横浜、神戸よりもずっと栄えていたという国際都市上海の誇りとパワーみたいなものが都市にひしめく人々の群から感じることができて、これはえらいことになるぞ、と思ったものだった。バブルを反省することしきりの日本を後目に20世紀末の上海は沸き立っている。ことの善し悪しとは別の次元で巨大なモンスター都市が再び動きだしてしまった。夢と欲望は都市に欠かすことのできないものなのである。