★ 自己紹介(プライベート版) ★
 
 
 好きな曲 :
      
       の
       糸
 
              
        
竹内まりや


  
好きなアーティスト:波瑠,柴崎コウ 
  趣味 : カラオケ
  
  (歌うのも好きですけど、聞くのも好きです。)
    レパ-トリー:
    ・縁の糸 (竹内まりあ)
      
(縁の糸 Englishで検索してみてください)
    ・道 (Exile)
    ・永遠に (ゴスペラーズ)
    ・You go your way (Chemistry),
    ・夢with you (久保田利伸)
    ・Everything (MISIA), 
    ・逢いたくて今(MISIA)

         (百合の花はいくつあるでしょう?)

    ・Stars (中島美嘉)
    ・わがまま (上田正樹)
    ・悲しい色やね (上田正樹)
    ・泣いてもいいか (やしきたかじん)
    ・やっぱ好きやねん(やしきたかじん)
    ・大阪恋物語(やしきたかじん)
   
   好きな動物:   ねこ,くま 
   好きな歌手: 椎名林檎
   好きなグループ: SMAP
           (特に、中居君と香取君)
   いろいろと共感できる
     ことの多い有名人: GACKTさん
     
 
   思い出に残っているドラマ:
    ・
愛し君へ(菅野美穂,藤木直人,泉谷しげる出演)
       最終回の最後のシーン、藤木直人さんが長崎
       市内の海の見える公園で、愛する人(菅野美穂
       さん)の顔を見ながら光を失っていってしまう
       シーン、切ないです。しかし、ふたりの一生の絆
       が結ばれる瞬間でもあると思います。
       泉谷しげるさんの口は悪いが暖かいおやじの
       役も、印象に残っています。

    ひとり言(最近、思っていること):
      
本当の公平(=平等)ってなんだろう?
      何がなんでも弱い立場の方の人を守るという
      前提の下で、法がつくられ、それにしたがって、
      万人が自分に火の粉が飛ばないように、世間体を
      気にして、本音を公の場で言うことができずに
      いるのではないでしょうか。
      何がなんでも、弱い立場のものを守ってあげて
      しまう、これは場合によって、甘やかしに相当する
      のではないでしょうか。
      すぐに、働きずらいと、会社組織や上司のせいにして、
      仕事を辞めてしまう。これも、ほとんどの場合、
      甘えではないのでしょうか。
      今の中高年の人は、皆、若いころ、我慢してきました。
      私も、毎週、お酒の場で、お前は家庭教育がなって
      いないと何度も言われ続けましたが、それでも、
      研究を続けていこうという強い信念の下、
      「なにくそ根性」で、歯を食いしばって乗り越えてきました。
      (厳しい指導を受けましたが、その先生には感謝しています。
       愛情がありました。)
      もっと、本音を言い合える、上司が部下を本気で怒れる
      (ただし、暖かい気持ちをもって)世の中に戻ればいいな
      と思っていますが、それを妨げてしまうのがネットでは
      ないでしょうか。実際、個人的な恨みをはらすために、
      ネットを利用して世間を利用する人たちが増えているのが
      実情であり、このことが本音を言い合えることを抑制して
      しまっているのではないでしょうか。その恨みをはらす
      ためにネットを利用された当事者や組織は、それに
      対応するのに大変なのではないでしょうか。精神的病い
      が絡むと、なおさら大変なのではないでしょうか。
      精神的病いを抱えていない人は、まず、いません!皆大人!
      基本的には、病気の枠にはめずに自分で乗り越えて行かな
      ければならないのではないでしょうか。それを守ってあげて
      しまうことにより、治るものも治らない、また、周りの人間が
      とんでもない被害(例えば、社会から追放されてしまうような
      こと)になってしまうことが、多々、あるのではないでしょうか。
      これから、いろいろな困難を自分で乗り越えて一人前に
      なっていかなければならない将来のある若い人達を、
      甘やかしによって、逆にその芽を摘んでしまうことが
      あってはいけないのではないでしょうか。
       このような現況では、なかなか、昔のように何でも本音で
      言い合えたり、ぶつかり合えたりする時代は、戻ってこない
      とは思いますが、できるだけ、早く戻ってきてもらいたいと
      思います。
       また、男女とか一切気にせず、性別関係なく、人と人として
      気を遣わずに接することのできる時代がくればいいなあと
      思っています。
       最後に一言!  喧嘩するほど、仲がいい!
      (本音をいわず、心の中にため込むよりも、正々堂々と
      面と向かって本音を言い合った方がよっぽどいいのでは
      ないでしょうか。)
         
法的に正当化されることと本当の正義       
      私の中では、法律は、大雑把なふるい分けをするもの
      でしかないと思っています。本当の真意は、当事者しか
      分かりません。それを第三者が法という大きなふるい分け
      の下で、様々な情報(この中に捻じ曲げれた情報も含まれる
      と思います。特に、同情心を引くような誤情報には注意を
      しなければならないと思います.)の下で、判断していくのだと
      思います。後追いになりますが、今まで蓄積されてきた
      その人の社会的信頼性は、重要な情報だと思います。
      法的に正当化されれば、礼儀など度返しにして何をしてもいい
      という風潮があると思いますが、この状況は、社会が、
      本当の正義で動いていないということの証でなないでしょうか。
           
ネットによる問題のすり替え・大袈裟化
      
ある個人的なトラブルが、ネットにより、組織的なトラブルへ
      と発展させられてしまうのは、どういう場合なのでしょうか。
      大抵の場合、その組織に恨みをもつ人たちにより、
      ねじ曲がった大袈裟な情報が拡散されることによることが
      多いいと思います。この場合、その当事者である個人と
      組織は大変な損害を受けることになると思います。
      このような場合、一番罪が重いのは、ネットを利用して
     拡散し、世間を振り回した(組織に恨みをもつ)人たち
     なのではないでしょうか。その当事者である
     個人や組織は、そのために利用された被害者と
     いっても過言ではないのではないでしょうか。
     最近、ネットの悪用を規制する適切な手段

      若い人たちに考えてもらいたいと思っています。
         
     偏見と真実
      何事も、真実は当事者にしか分かりません。第三者が
      一般論に基づいて勝手に判断し、それをネット上で拡散し、
      それに影響されてしまう人が多い今の世の中!
      人間関係において、手のひら返しということは、よくある
      ことです。人によっては、それまでは恩を感じていた
      にもかかわらず、あることで手のひらを返したように、
      恩を仇で返すようなことをしてしまうことが多々あると
      思います。このようなことは、その人がプライドが異常に
      高かったり、自己顕示欲が強い場合に起こると思います。
      
手のひら返した後の気持ちが継続している間に、第三者が、
      
本人に「手のひらを返す前の気持ち」を聞いたとしても、
      
本人が、当初の本当の気持ちを話す可能性は低いと思います。
      手のひら返した後の気持ちが継続している間に
     
書いた
日記も同じく、信憑性に欠けると思います。
      
手のひらを返す前の発言や日記等の情報があれば、
      
その情報は信じてもいいと思います。
      「手のひらを返した後の気持ちが継続している間に、
     
第三者が本人に手のひらを返す前の気持ちを聞いた
     
情報」は、何の信憑性もありません。その信憑性のない
     
情報を重んじてしまうことが、過去に多々あると思います。
     
これは、大きな過ちだと思います。また、このような
     
信憑性のない情報により、終結させようとするような
     
ネット上の記事を記載するようなことがあれば、その
     
ような行為は、世間に対して、失礼極まる行為に値する
     
のではないでしょうか。病気のことや同情心を持ち出す
     
ことも、公平性を欠き、適切ではないことのように
     
思います。最近の動向をみると、このようなことを
     
持ち出して、逆に脅迫的な行為を行っていることも
     
よくみかけます。
手のひらを返すタイミングとは、
     どういうときでしょうか。例えば、男女関係の場合は、
     信じてた相手の人に、他に本命の人がいたことを
     知ったときだと思います。このとき、恨みが発生して、
     必要以上にそれまでのことを悪く考え、人によっては
     食事が出来なくなり、急激に痩せたりします。時には、
     復讐心が芽生え、相手の名誉を奪おうとネット上で
     拡散したりします。このようなことは、あってはならない
     ことです。なぜなら、本来、個人間で解決しなければ
     ならない問題を、世間を利用して、その結果、社会を
     掻き乱すことになってしまうからです。さらに,その
     結果、賠償責任が発生した場合は、個人的問題を
     ネットや週刊誌等で拡散させ、社会を混乱させた
     人たちや組織がその責任を全面的に負うべきでは
     ないでしょうか。しかしながら、このような状況のとき、
     その賠償責任を負うべき人たちや組織は、他の人や
     他の組織へ責任転嫁するために、ネットや週刊誌等
     で、他の個人や組織を悪者にし、責任を負わせる
     ような方向に世論を持っていこうとするようなコメント
     を書いたり、記事を書かせようとしたりしますので、
     私たちは、そのようなコメントや記事に惑わされない
     ようにしなければなりません。

     
何も知らない第3者が真実かどうか断定できない情報(虚偽で
      あることを証明でいない罪深い虚偽かもしれない情報)によって
      好き勝手なことをネット上に書き込み、それにのせられてしまう
      今の世の中!
      上記(青文字部)のようなケースを考えると、このような現状に
      歯止めをかけなければならないと思います。
      今の世の中、綺麗ごと、綺麗ごとで進んでしまっていると
      思います。
             
 長嶋茂雄さんを偲んで
     昨日、巨人(読売ジャイアンツ)の長嶋茂雄さんが
     ご逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。
     私の父親(平成30年逝去)は、長嶋さんの大ファンでした。
     (私も大ファンでした。)シーズン中、子供のころは、
     毎晩、ジャイアンツの野球をテレビでみてました。
     私も、子供のころは、野球をやっていました。
     長嶋さんのサードでの守備の仕方が印象に残っています。
     ボールの方を見ずに感でボールをとる姿です。長嶋さんは、
     技術だけでなく情熱で野球をされていたと思います。
     長嶋さんは、選手みんなに、監督と選手の隔たりなく
     フレンドリーに接する大変優しい方だと思っています、
     確か、スマップの中居さんも、長嶋さんの大ファンで、
     長嶋さんが、大病から復帰したとき等の長嶋さんと
     中居さんがご一緒されている映像を思い出します。
     中居さん、長嶋さんのファンのみなさん、一緒に
     長嶋さんのご冥福をお祈りいたしましょう。
              
謙虚さと傲慢さ
     ケースバイケースですが、基本的に、上司からの
     指導の言葉(𠮟りつける言葉も含む)を謙虚に受け止め、
     自己を見直そうとすることができるか、あるいは、
     その都度、謙虚に受け止めずにハラスメントとして
     訴えるような行為をしてしまうかによって、その人の
     人生は、大きく変わる思います。
     また、他人への思いやりが弱く自己愛が強い人は、
     個人的な憎しみの下、平気でその相手の社会的立場
     を奪おうとするようなことをしてしまいます。
     社会が弱者を何が何でも擁護するというシステム
     になっていると、その弱者のわがまま(敢えて、
     わがままという言葉を使います)が、何でも通って
     しまい、話が誤った方向に進んでしまうことが、多々、
     あると思います。社会が誤った方向に流れずに
     動いていくためには、今の社会のシステムの改善が
     必要なのかもしれないと、最近、思っています。
        
   個人的問題の解決方法
     
個人的な問題は、当事者同士が直接合って解決
     すべきではないでしょうか。第3者が仲介役として
     入り、当事者同士が会えない状態になると、お互い
     の憎しみがエスカレートして行く一方であると思います。
     第3者が仲介役として入ることが潤滑油になるという
     考えがると思いますが、私は、特別な場合を除いて、
     この考え方は間違っていると思います。
     「第3者に何が分かる!」という言葉を強調したいです。
      時には、ある組織に怨みをもつ人たちが、その個人的
     な揉め事をその組織の責任であるかのような方向に
     もっていき、ネット等で拡散することにより、問題を
     エスカレートさせてしまうこともあるように思います。
     この人達の罪は重いと思います。
     話を元に戻しますが、最終的には、当事者同士が、
     直接会って話し合い、お互いの悪かった部分を認め
     合い、分かり合うことが大切なのではないでしょうか。
     
しかしながら、せっかく、当事者同士がそう思って、
     
裁判を起こすことを控えたとしても、第3者が余計な
     コメントや記事を書くことにより、結局、裁判を起こさ
     なければならないような状況になってしまうことが
     あるのではないでしょうか。
とにかく、大人二人の
     問題を、第3者が次から次へと邪魔をし、悪化させて
     しまう
ような世の中だと思います。

      
      
 人情の大切さ
    
友達のことを思って、純粋にこのままではいけないという
    一心の下で、一生懸命に発言した人を、この人は
    「結局何がしたかったのか」というような冷めた失礼な
    発言を平気でネットに記載するような人がいるようですが、
    こういう人は、人間味のない自分がいい子になりいたい
    お上品な方だと思います。
    こういう人の発言は、せっかく個人間の問題を丸く
    納めようとしている当事者の意を無にするような発言
    であり、決して許されないような発言だと思われます。
    当事者同士で和解しようとしてもこういう格好付けの
    お上品な方の発言が無にしてしまうことになるのでは
    ないでしょうか。
        
ネットによる世論のコントロールと冤罪
    入手した情報により、ある人を悪者と判断した場合、
    ネット上で、一斉に、その人の過去の悪い情報が
    拡散され、その人のそれまでの良い情報は、一切封印
    され、完全に犯罪者扱いにされてしまうケースが多く
    あると思います。また、被害者と思われている方が弱い
    立場の人である場合、同情心を介在させてしまって、
    基本的に犯罪レベルのことでないにもかかわらず、
    犯罪者扱いにしてしまうことが多くあると思います。
    それゆえ、冤罪が多数、発生してしまうのだと思います。
          
  命は尊いもの
    ご両親からもらった命は尊いものです。もらった命を大切に
    し、どんなつらい時でも、人のせいにせずに、自分に厳しく
    寡黙に生きましょう!(ただし、主張しなければならないとき
    もあります。そのときは、必要なことだけ主張しましょう。)
    苦あれば楽あり!苦しいときは、誰にでもあります。それを
    ひとつひとつ乗り越えていくのが人生だと思います。苦しい
    ときを寡黙に努力し乗り越えていけば、必ず、楽しいと思える
    ことが待っていると信じましょう!
     
竹内まりや - いのちの歌(Official Music Video)
    
   
         大規模な誹謗中傷等はなぜ起きるのか?

    
大規模な誹謗中傷等は、何故起きるのでしょうか。
    大規模な誹謗中傷等は、意味もなく起きるものではないと
    思います。ケースバイケースだと思いますが、誹謗中傷等
    は、誹謗中傷等を受ける側にも問題がある場合があると
    思います。第3者は誹謗中傷をしている人を責めるべきか、
    それとも、誹謗中傷を受けている側の人が大規模な誹謗
    中傷を受けてもしようがないことをしてしまっているのかを
    (ネット上での
同情心を誘導するようなコメント等に左右され
    ずに、)正確に判断しなければならないと思います。
    (過激すぎる誹謗中傷は問題外であり、確実に良くない
     ことです。)
     
    コンプライアンス遵守による窮屈さ
    各企業が法令や規則を守ることをコンプライアンスといい
    ます。最近、コンプライアンスにより、社会全体が窮屈に
    なっていると感じます。何故でしょうか。法令と規則を
    守ることがコンプライアンスですが、問題は、守らなけれ
    ばならない規則の決め方ではないでしょうか。最近、
    いろいろな場で、弱い立場の方を過度に守るために、
    度を越した規則をつくってしまい、守らせようとしている
    ような光景をみます。まるで、大人を子ども扱いの
    ようにしているような規則をつくっていることをよくみかけ
    ます。このような流れに歯止めをかけるべきではないで
    しょうか。
       
失言しただけですべてを失ってしまう世の中
    ユーモアのつもりで発言しただけにもかかわらず、ある種
    のハラスメント扱いにされてしまい、社会的責任をとらさ
    れてしまう今の世の中!
    昔は、失言により、社会的責任をとらされてしまうのは、
    政治の世界だけでした。(政治家の皆様の大変さを改めて
    感じます。)民間人である私たちも、失言だけで、社会的
    責任をとらされてしまうべきなのでしょうか。(当然、謝罪
    はすべきであると思います。)失言した内容のことを実際
    に行ったかのような扱いになってしまっているのではない
    でしょうか。