錯体分子の積み木遊び

有機物を扱う有機化学と、金属化合物を扱う無機化学では、その研究手法に大きな違いがある。合成手法で言えば、有機合成化学は炭素や水素といった限られた種類の原子をつなぎ合わせてバラエティーに富んだ構造の分子を作り出す、いわば木造建築である。一方、無機合成化学はバラエティーに富んだ金属原子と非金属原子を、しかし限られた構造に積み上げて結晶を作り出す、いわば石造建築である。このような違いは分析手法にも必然的に影響し、有機分析では原子のつながり方の解析が重要視されているのに対し、無機分析では金属元素の種類とその存在量の解析が不可欠である。
 さて、私の研究であるが、有機物が金属イオンに結合した金属錯体を扱う錯体化学を専門にしている。しかも金属イオンと有機物をつなぎ合わせて作った金属錯体分子を積み上げてできる結晶や膜を研究しているのであるから、まことにややこしい。錯体分子を作るときには有機化学者、結晶育成では無機化学者のセンスで研究を行っている。最近の研究例を示すと、図のように長いアルキル基(線で示した)をもつ脂質分子が2分子対向していわゆる脂質2分子膜を作る性質を利用して、錯体分子(楕円で示した)を2次元的に配向させた層状結晶の育成に成功している。現在、このような含金属錯体結晶の電子・光物性に興味をもって研究を進めている。他にも環状有機化合物の金属錯体や液晶性の金属錯体の合成、錯体分子の単分子膜作成とトンネル顕微鏡観察、トンネル顕微鏡を応用した分析法の開発などを行っている。
難しい言葉で言えば、私の研究は「金属錯体分子の分子集合構造の制御と解析」と表現されるが、実際のところは錯体分子の積み木遊びである。悪友に言わせると、「学生時代から麻雀ばかりしていたからな」となるが、たしかに図の構造を見ていると牌が積み重なっているようにも見えるから面白い。
 そういえば、この化合物の構造解析をしてくれたI先生は学生時代の雀友である。「よく学び、よく遊べ」と言うが、適度な遊びは勉学のみでは狭くなりがちな視野を拡げるとともに、貴重な友人を多くもたらしてくれると感じている。学生たちに対し、万事に積極的なキャンパスライフを送るよう指導しつつ、自らも遊び心を失わぬよう心がけながら、研究を続けている。

tsumiki

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