「恋愛工学」

 今回の特集のテーマは「30年後」と「恋愛論」。37歳の当方にとってはどちらのテーマで書いても、将来、読み返して赤面しそうである。恋愛論は酒なしでは語れないので、「30年後」にするか。しかし、近未来を悲観する当方が書くテーマにはふさわしいとは思えぬ上、そもそも嫌いな政治を抜きにしては語れない。安易であるが両者を組み合わせて「30年後の恋愛論」で行こう。ただしここは丁友らしく、30年後の工学部を舞台に恋愛をテーマにした雑文を書くことにしよう。これでも赤面するには充分である。
 工学部の一室。ここでひとつの研究プロジェクトが進められている。恋愛するロボットの開発である。製作するロボットの概要を決めるため、まずはじめに技術者の卵たちによる自由討論が行われた。恋愛に疎遠な技術者たちの討論とは思えぬ程、白熱した議論の末、作るからには世界一恋愛が上手な男性型ロボットを目標にしようということで意見がまとまった。ひとたび恋愛となれば女性を虜にする存在。研究者ならずとも心躍る対象である。
 まずは、ハードウエアの設計である。形状のアウトラインは人気男優や歌手を参考に比較的早期に決定される。その後、必要な可動部分、特に表情を作る顔面部分の設計に多くの時間が費やされる。設計をもとに素材、電子部品などが選ばれ、加工され、組み立てられていく。微妙な動き、仕草にも対応できるか。綿密な検討と試作が繰り返される。試作したロボットの魅力はどうか。評価をして、さらに細部が修正されていく。設計、試作、評価、そして設計。試行錯誤の繰り返しにより、徐々に魅力的なロボットが出来上がって来る。
 難しいのはむしろソフトウエアかも知れない。女心は容姿だけでは捕らえきれない。しかし、どうすれば女性を虜にできるのだろう。技術者集団ではとても手に負えそうもない。そこで恋愛の達人に御教授願うことになるが、なかなか手口を明かしてはもらえない。「まめさかなあ。でも暗い奴はだめだな。恋愛ロボット?そんな馬鹿なことしてるようじゃ一生分からないんじゃない?」技術者はいたってまじめ。どうも恋愛の達人は技術者には好かれそうもない。また試行錯誤が始まる。笑顔のタイミング、語り口の使い分け、視線と表情の組合せ。魅力を数値化する地道な努力が続けられる。まめさ、かるさ、恋のかけひき。女性の心をつかむのはまことに難しい。ファジー、学習機能、並列処理。ソフトウエア技術の粋が投入される。
 そして完成。できあがったロボットは見事に女性を虜にする。世の男性にとっては羨望の的であり、技術者としてもできれば自身の恋愛の参考にしたいところであるが、とてもロボットの域に達することなど出来そうもない。さらに、歌唱機能を付加した歌手ロボットや演技機能を付加した二枚目俳優ロボットが作られ、演奏会や映画にと実際にも使われるようになる。設計したものが形になり、実用化される。これは技術者冥利につきることである。完成したロボットを前に技術者は微笑み、そして苦しく長かった開発の過程を振り返り、成功の喜びを噛みしめる。「しかしすごいロボットだ。」技術者が最も充実感を覚える時であり、技術者でなければ分からない至福の時でもある。同時に男として嫉妬めいた感情もちょっぴりあるかも知れない。
 しかし、感動の余韻に浸りながらも何かが引っかかる。何かが物足りない。何だろう。このロボットは女性を虜にする。虜にされた女性たちはどうか。ふと気が付く。そう。このロボットは愛されることはあっても、愛することはない。そもそも恋愛の醍醐味は愛されることであろうか。いや。切ない思いに身をこがし、時には喜び、そして悲しむ。想うだけで血が湧き立ち、また一日がただむなしく過ぎたりする。恋愛の醍醐味は愛されることではない。
 愛するロボットを作ろう。ハードウエアは流用できるが、ソフトウエアが難しそうだ。しかし、技術者はつぶやく。「愛することなら私も達人だ。」そして技術者の新たなる挑戦が始まる。

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