研究の概観
アインシュタインの一般相対性理論とつながりの深い微分幾何学を中心として、位相幾何学・幾何解析学を含む幾何学分野全般の内容を研究しています。
微分幾何学は、幾何学(微分幾何学・位相幾何学)だけでなく、解析学、代数学、確率論・統計学をはじめとして数学すべての分野と関わりをもっています。また、物理数学とも深い関わりをもっています。
代表として、位相幾何学・解析学との関わりについて説明します。2002年にペレルマンによって解決された 7つのミレニアム問題の1つである3次元ポアンカレ予想(これは位相幾何学=トポロジーの問題)を含むサーストンの幾何化予想が、手術付きリッチ流という幾何解析学の分野の概念を用いて解決されました。手術付きリッチ流とは、与えられたリーマン計量をリッチ流方程式とよばれる非線形擬放物型偏微分方程式の解として発展させ、有限時間で崩壊が起こる場合はその寸前で適切な手術を行い、再び発展させるという作業を有限回行った後、無限時間でgoodなリーマン計量に収束するようなものに辿り着くという一連の作業を意味します。
リッチ流は、私の研究している平均曲率流と密接な関係があります。リッチ流方程式も平均曲率流方程式も、ベクトルバンドルの切断に関するハミルトンの意味の非線形擬放物型偏微分方程式のクラスに属し、両者の研究を包括的に扱うことができるからです。手術付きリッチ流の平均曲率流サイドの概念として手術付き平均曲率流という概念もあり、この流れを用いてある種の超曲面の位相を調べることができます。
リッチ流・平均曲率流以外の代表的な幾何学流としては、Yamabe流、逆平均曲率流、ガウス曲率流等があります。これらは幾何解析学という分野の研究であり、解析学的手法により幾何学を研究するものです。また、部分多様体の研究においては、モース理論、特異点論、コホモロジー理論等の位相幾何学の概念が本格的に用いられ、現在では微分幾何学と位相幾何学の分野の区別はなくなってきています。
主要研究テーマ
1. コンパクト型対称空間内の部分多様体の研究
〜対称空間の歪みを解消して得られる無限次元の線形空間内の部分多様体の研究に還元して〜
コンパクト型対称空間内の部分多様体の研究を、主に、その部分多様体をある無限次元ヒルベルト空間からその対称空間へのリーマンサブマージョン(=直交射影のようなもの)を通じて、無限次元ヒルベルト空間内の部分多様体の研究に還元して行っています。この研究方法は、コンパクト型対称空間が歪みをもつのに対し、無限次元ヒルベルト空間は歪みがない、つまり平坦であり絶対平行性をもつという面で有効です。
2. 非コンパクト型対称空間内の部分多様体の研究
〜複素化およびその複素化された対称空間の歪みを解消して得られる無限次元の線形空間内の部分多様体の研究に還元して〜
部分多様体の複素化(アンチケーラー対称空間内のアンチケーラー部分多様体として定義されます)を、ある無限次元アンチケーラー空間からそのアンチケーラー対称空間へのアンチケーラーサブマージョン(=複素構造を保つ直交射影のようなもの)を通じて、無限次元アンチケーラー空間内の部分多様体の研究に還元して行っています。この研究方法は次の2つの面で有効です。
- 非コンパクト型対称空間が歪みをもつのに比べ、無限次元アンチケーラー空間は歪みがなく、平坦であり絶対平行性をもつ。
- 非コンパクト型対称空間の理想境界の彼方へ消えうせている(その部分多様体の)幾何構造が、複素化された空間に現れる。
3. 対称空間内の平均曲率流および逆平均曲率流の研究
対称空間内の部分多様体を、平均曲率流方程式および逆平均曲率流方程式とよばれる偏微分方程式を満たすように変形して行くと、どのように崩壊あるいは発散するのかという研究を行っています。また、それらの偏微分方程式を適切に修正して得られる方程式を満たすように変形していくと、どのような良い部分多様体に収束するのかという研究も行っています。平均曲率流の研究は、3次元ポアンカレ予想の証明に使われたリッチ流(リーマン計量の変形)の研究と密接な関係があり、興味深い研究対象です。
4. 手術付き平均曲率流を利用した超曲面のトポロジーの研究
ある種の超曲面に対し、それを初期データとする手術付き平均曲率流を定義し、その超曲面のトポロジーを研究しています。その超曲面を初期データとする手術付き平均曲率流を定義する作業は非常に難しく、挑戦的な研究テーマです。
平均曲率流・逆平均曲率流とは
\(f\) を多様体 \(M\) からユークリッド空間 \(E\) へのはめ込みとします。このとき、その像 \(f(M)\) は \(E\) 内の部分多様体を与えます。\(f\) を発する平均曲率流とは、\(M\) から \(E\) へのはめ込みの1パラメーター族 \(f_t\) で、 \(f_0 = f\) であり、\(M\) の各点 \(x\) に対して点 \(f_t(x)\) が時間 \(t\) の増加にともなって部分多様体 \(f_t(M)\) の \(x\) における平均曲率ベクトル \((H_t)_x\) 方向にずれていくようなもののことです。
また、\(f\) を発する逆平均曲率流とは、同様の1パラメーター族 \(f_t\) で、各点 \(f_t(x)\) が時間 \(t\) の増加にともなって逆平均曲率ベクトル \(-\dfrac{(H_t)_x}{(H_t)_x \cdot (H_t)_x}\) 方向にずれていくようなもののことです。
特に \(M\) が1次元の場合、\(f_t\) は \(E\) 内の正則曲線を表し、\(H_t\) は \(f_t\) の曲率ベクトル \(\kappa_t n_t\)(\(\kappa_t\):曲率、\(n_t\):主法線ベクトル)を表します。
シンプルな例:\(M\) が円周で \(E\) が2次元ユークリッド平面、初期図形が楕円の境界線の場合、これを発する平均曲率流は小さく、かつ、まん丸くなりながら1点に崩壊します。トップページの背景には、花形の閉曲線を発する流れを数値計算し、囲む面積が初めの約10分の1になるまでの曲線を重ねて描いています。 研究室発のシミュレータでは、初期曲線を自分で描いてその様子を観察できます。
平均曲率流を用いた興味深い研究方法を一つ紹介します。ある良い性質*をもつ曲面の存在を示すために、まず、既に存在が保証されているある程度良い性質をもつ曲面を \(S_0\) として選びます。次に \(S_0\) を発する平均曲率流 \(\{S_t\}_{0 \leqq t < T}\) が \(T = \infty\) まで存在することを示し、さらに \(t \to \infty\) のとき \(S_t\) が求めたい良い性質*をもつ曲面に収束することを示します。その結果、良い性質*をもつ曲面の存在が示されるという方法です。このように、平均曲率流(及び、他の類似した曲率流)は、リーマン部分多様体の研究において強力な武器となります。
アインシュタインの一般相対性理論について
一般相対性理論とは、次の3つの原理に基づいて構築された重力場理論です。
- 光速度不変の原理 — 無重力の場合、光速度はどの慣性系においても不変であり、重力がある場合は、光速度はどの局所慣性系においても同じ速さである。
- 一般相対性原理 — 物理法則は、どの慣性系が観測したデータでも成り立つものでなければならない。
- 等価原理 — ニュートンの万有引力の法則にしたがって定義される重力質量と、ニュートンの第2運動法則にしたがって定義される慣性質量は等しくなる。
一般相対性理論では、時間と空間を切り離して考えるべきではなく、時間(1次元)と空間(3次元)を合わせた 4次元時空上で理論が展開されます。この4次元時空は、微分幾何学における概念である4次元ローレンツ多様体 \((M, g)\) として定義されます。各座標空間 \((U, \Phi = (x,y,z,t))\) は観測者とみなされ、各物理量は \(M\) 上のテンソル場として定義され、各物理法則はいくつかのテンソル場間の関係式として与えられます。
- ローレンツ計量 \(g\) に対し、そのリッチテンソル場 \(\mathrm{Ric}\) とスカラー曲率 \(R\) が定義される。真空の場合、アインシュタインの重力場方程式は \[ \mathrm{Ric} - \frac{R}{4}g + \Lambda g = 0 \] で与えられる(\(\Lambda\):宇宙定数)。
- 重力場以外の力を受けずに自由落下する物体の時空 \((M, g)\) 上での軌道は、速さが負の測地線(時間的測地線)を与える。測地線とは \(\nabla_{c'} c' = 0\)(\(\nabla\):\(g\) のレヴィ・チビタ接続)を満たす曲線であり、\(\nabla_{c'} c' = 0\) は等速運動であることを意味する。
- 重力場以外の力を受ける物体の軌道は、測地線以外の速さが負の曲線(時間的曲線)を与える。
- ブラックホール \(B\) とは、巨大質量をもつ物体を含む最大領域で、光を含めどんな物質も一度その領域に入ると抜け出せないようなものである。すなわち、\(B\) の時空上での軌跡を \(B'\) とした場合、任意の時間的測地線は一度 \(B'\) に入ると \(B'\) から抜け出せない。
局所慣性系とは:重力のみの力を受けて自由落下する観測者は、平坦でないローレンツ多様体内の時間的測地線として定義され、局所慣性系は、おおよそ、その時間的測地線 \(\gamma\) の十分小さな管状近傍上で定義されるある種の局所座標系を意味します。時空 \(M\) をその1点 \(p\) において無限小化して得られる線形空間として接空間 \(T_p M\) が定義され、これは特殊相対性理論において無重力の場合の時空として扱われるミンコフスキー空間とみなされます。局所慣性系は \(\gamma\) 上の点 \(\gamma(t)\) における接空間から \(M\) への指数写像を利用して構成されます。