リチウムイオン二次電池の欠点を克服する、新たな二次電池の開発を目指して ~ナトリウムイオン電池の第一人者の駒場慎一教授が、カリウムイオン電池の研究成果を公開~
研究の要旨とポイント
・ナトリウムイオン電池の研究で世界をリードする駒場慎一教授らの研究グループが、リチウムイオン二次電池の後継候補の一つとして期待のかかるカリウムイオン二次電池(以下、カリウムイオン電池)について、これまでの研究の全てを網羅した総説論文を発表しました。
・カリウムイオン電池は、リチウムイオン電池と比べて安価な原材料で構成することができるだけでなく、高い安全性が期待できます。リチウムイオン電池と同じかそれ以上の電圧を得ることもできます。
・今回発表の論文は、ナトリウムイオン電池の知見も含めたこと、また、同グループによる最新の研究成果を加えたことで、世界的に見て同グループにしか書くことのできない総説であり、カリウムイオン電池研究者の必携となり得る成果と言えます。
関連動画のリンク:
https://youtu.be/lNcdderCayY
東京理科大学理学部第一部応用化学科の駒場慎一教授、久保田圭講師らの研究グループは、リチウムイオン電池に代わる新たな二次電池の候補として、カリウムを主材料とするカリウムイオン電池の開発に取り組んでいます。カリウムイオン電池は、2015年に駒場教授らが開発に成功して以来、リチウムイオン電池と比べて材料が安価であること、安全性が高いこと、取り出すことのできる電圧がリチウム電池と同等かそれ以上であることから世界中から注目が集まっています。
今回、駒場教授らは、カリウムイオン電池に関するこれまでの研究成果を取りまとめ、最新の実験データと、同グループが2012年から研究を重ねて世界をリードしてきたナトリウムイオン電池との比較を加えた総説論文を、アメリカ化学会が発行する雑誌Chemical Reviews(インパクトファクター 54.301(2018年))に発表しました。リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン二次電池についてそれぞれ、電解質と正極・負極、その他の必要素材の特性、電気容量、寿命、合成方法などの情報を網羅しており、今後のカリウムイオン電池の研究開発に必携の情報源となることが期待されています。
【研究の背景】
2019年、旭化成(株)名誉フェローの吉野彰博士が、「リチウムイオン二次電池」の開発の功績により、アメリカの2名の化学者と共にノーベル化学賞を受賞されました。リチウムイオン電池は、石油ショックが深刻だった1970年代に、石油に依存しないエネルギーが目指される中で開発が始められ、1985年に吉野博士によって、ほぼ現在と同じ基本的な構造が提案されたものでした。それまでのニッケル・カドミウム二次電池やニッケル・水素二次電池と比べ、リチウムイオン電池は寿命が長く、軽量でエネルギー密度(一定の体積または重量の中に溜めることができるエネルギー)が大きいため小型化が可能です。この特性がスマートフォンやノートパソコンなどのポータブルデバイス、電動車、自然エネルギーの有効利用を可能とする電力貯蔵技術に応用できるため、1991年の実用化から僅か30年ほどの間に世界中に普及することになりました。
しかし、リチウムイオン電池にも幾つかの欠点があります。一つは資源の問題です。リチウム資源の埋蔵量、採掘量は今のところ充分ですが、南北アメリカ大陸やオーストラリア、中国などに偏在しており、日本は全量をそれらの国からの輸入に頼っています((独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構による)。世界全体でのリチウムの需要が急増しているため、価格も高騰しています。この先需要が更に増えれば、今は充分な採掘量もいずれは不足することになります。また、現在一般的なリチウムイオン電池では電極の原料として銅やコバルトが使われていますが、特にコバルトは希少元素で、リチウムと同じく日本では自給できません。
もう一つは、安全性の問題です。リチウムイオン電池の基本構造は、可燃性の有機溶媒(電解液)に、正極と負極の二つの電極が浸されており、正極と負極の間で電解液を介してイオンが行き来することで充放電が行われています。しかしこの電解液は熱によって揮発・引火しやすく、市販電池には保護機構が取りつけられていますが、衝撃や経年劣化などで壊れる可能性があり、100%安全とは言い切れないのが現状です。
これらの問題を克服するため、世界各地の研究者が、リチウムイオン電池の改良や、リチウムイオンに変わる新型電池の研究に取り組んでいます。駒場教授は2009年に、元素の周期表中でリチウムのすぐ下にある(化学的な性質が近く、ともにアルカリ金属に分類される)ナトリウムでリチウムと置き換えることでナトリウムイオン二次電池の開発に成功し、世界の注目を集めました。また2012年には、毒性元素や希少金属を一切使うことなく、ナトリウムや鉄、マンガンなど資源量豊富な元素だけを組み合わせたレアメタルフリー構成を実現し、この成果はイギリスの科学雑誌Nature Materialsに掲載されました。そして2014年には、吉野博士と共にリチウムイオン電池の開発者として2019年のノーベル化学賞を受賞されたスタンリー・ウィッティンガム教授(アメリカ)からの投稿招待を受けて、今回と同じChemical Reviews誌にそれまでのナトリウムイオン二次電池の研究をまとめた総説論文を発表しています。この総説は現在までに2000回以上引用され、駒場教授は2019年に世界で最も多く論文が引用された研究者(Clarivate Analytics社による、Highly Cited Researchers)のひとりに数えられています。
【論文の詳細】
今回の論文は、周期表上でナトリウムのさらに下に位置するカリウムを主に使用したカリウムイオン電池の研究を約100ページの長編総説としてまとめたものです。
カリウムは地殻の2.6%を占める資源量豊富な元素ですが、化学反応によって電気を蓄える化学電池には、利用する電極素材の原子量(式量)が小さいほど、電気容量が大きくなるという法則(ファラデーの法則)があるため、リチウムよりも、ナトリウムよりも原子量が大きいカリウムは、それらの元素に化学的な性質がいくら近くても、電池の素材としては向かないと考えられてきました。
駒場教授らは2015年にアルミニウム箔を基板とする黒鉛負極を使用して、カリウムイオンを含む電解液にて、高性能な充放電反応が進行することを学術誌に発表しました。その成果を利用して、正極として開発した鉄とマンガンを主成分とするプルシアンブルーを用いることで、リチウムイオン電池と同じ4ボルト級の電圧を示す新型二次電池の開発に成功し、2017年に論文発表しました。このとき、カリウムがリチウムやナトリウムと比べて電解液中でのイオンの動きが速くなることを突き止め、そのことで出力が向上して優れた急速充放電性能を示すことを明らかにしました。 カリウムイオン電池の利点は、リチウムイオン電池に使われるリチウム、コバルト、銅という高価な原料を、カリウム、鉄、アルミニウムという安価かつ資源量も豊富な原料に置き換えることができる点です。また、カリウムはリチウムと比べて発火するリスクが小さくなり安全性も向上します。
今回の総説論文では、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンのそれぞれの電池を対象に、電解液と正極・負極、そこに添加される微量成分に至る全ての材料について、合成方法やその物性といった学術的観点と、電池に応用した際の性能といった工学的な観点から、詳細に解説しています。電解液と正極・負極すべてについて、使用できる可能性のある材料を網羅的に比較した研究は他にありません。
また、単にこれまでの研究結果を全てまとめたにとどまらず、当該研究グループの最新の実験結果もいくつか初めて公表しています。例えば、リチウムイオン電池の負極材には銅の基板上に黒鉛を塗布したものが良く使われますが、黒鉛の結晶性や添加剤、電極を被覆するバインダー用高分子を工夫すると、電池性能が変化することを同グループは発表しています。その成果をもとに、カリウムイオン電池とリチウムイオン電池で最適な黒鉛電極が違うことを初めて明らかにし、カリウムイオン電池の容量や寿命が延ばせるようになりました。
負極材としてハードカーボンを使用した場合、充放電が電極表面に与えるダメージの低減に関する比較も新たな成果です。ハードカーボンはリチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンの全ての電池で負極材として使用できます。これら三つの電池で充電すると、電解液の化学反応の影響で、電極の表面に「不働態被膜」と呼ばれるごく薄い膜ができます。この膜は電解液と電極が直接触れ合い、電解液が分解してしまうことを防いでいます。その一方で厚すぎる膜が出来ると、そこに電気的な抵抗が生じてしまい電池性能の低下を招きます。今回の系統的な研究から、三つの電池では形成される被膜の組成や厚さが全く異なることがわかりました。このことは、カリウムに特化した最適な被膜をつくることでさらに電池性能の向上が図れることを示しており、今後の材料設計に繋がる重要な成果になります。
今回の論文について駒場教授は、「カリウムイオン電池は、2015年に我々の研究室が初めて論文を発表した全く新しい電池ですが、コストが低いことや安全性、リチウムイオン電池並みの大きな電圧を得られることなどメリットが多く、注目が集まりつつあります。今回の論文では、これまでのまとめと最新の実験結果、更には2012年に発表したナトリウムイオン電池との比較も記載しています。ナトリウムイオンで世界をリードしてきた我々のチームにしか書けない切り口で電池材料の現状と将来を述べた総説であり、カリウムイオン電池の研究に取り組むならばまずこれを読めばいいという総説になったと思います」と自負を語りました。
なお、今回の研究成果の一部は、科学技術振興機構(JST)によるA-STEPプログラム(JPMJTS1611)およびCONCERT-Japanプログラム(JPMJSC17C1)、文部科学省による元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(JPMXP0112101003)、科学研究費補助金(JP16K14103, JP16H04225, JP18K14327)の助成を受けて得られたものです。
【論文情報】
雑誌名 : Chemical Reviews 2020年1月15日 オンライン掲載
論文タイトル : Research Development on K-ion Batteries
著者 : Tomooki Hosaka1, Kei Kubota1, A. Shahul Hameed1,2 and Shinichi Komaba1,2
1.Department of Applied Chemistry, Tokyo University of Science
2.ESICB, Kyoto University
DOI : https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.chemrev.9b00463
駒場研究室
駒場教授のページ: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?486f
研究室のページ: https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/komaba/index.html