お知らせ

根岸 雄一教授らが巨大な細孔を有する超軽量の多孔質材料『TUS-64』の創製に成功 ~徐放性のドラッグデリバリーシステムとしての活用に期待~


概要
東京理科大学理学部第一部応用化学科の根岸 雄一教授、Saikat Das博士、浙江師範大学(Zhejiang Normal University)のTeng Ben教授らの共同研究グループは、新たな共有結合性有機構造体(COF: Covalent Organic Framework)『TUS-64』の合成と構造解析に成功し、TUS-64が巨大な空隙を有する3次元立体構造を構築していることを明らかにしました。また、非常に軽量であるにも関わらず、約400℃まで安定な構造を維持できること、気体分子に対する優れた吸着性能を有していること、薬剤の運搬と放出が制御可能であることなど、多様な性質を兼ね備えていることを実証しました。

COFは、複数の分子が共有結合でつながることで構築された多孔性高分子です。設計性や機能性に優れており、触媒、ガス吸着など、さまざまな用途での活用が期待されています。特に、3次元COFの多くは立体的な空隙を有しているため、物質輸送や拡散などに適しています。しかしながら、結晶化が困難であることなどの理由から、3次元COFの詳細な構造や機能に関する研究はまだ十分に進んでいません。

そこで、本研究グループは過去の研究で得た知見を活かし、正方形平面型に相当する分子(TAPP)と三角柱型に相当する分子(HFPTP)を組み合わせた新たな3次元COFを設計しました。そして実際に、4.7 nm径の巨大な細孔と0.106 g/cm3の低密度を有するTUS-64の合成に成功しました。また、TUS-64の比表面積は1632 m2/gであり、内部に水素や二酸化炭素、メタンなどの気体を吸蔵できることが確認されました。さらに、カプトプリルやイブプロフェンをはじめとした5種類の薬剤成分を対象とした薬剤送達・放出実験を行い、従来のキャリア分子と同等の性質、もしくはそれよりも長期間少量ずつ、薬剤を持続的に放出する性質があることを見出しました。この性質を利用すると、病気の原因となる部位に薬剤を長い期間、継続的に送ることができるので、投薬量や投薬頻度の抑制、副作用の低減につながります。本研究をさらに発展させることで、ドラッグデリバリーシステムのキャリア分子や徐放性薬剤としての用途に加え、ガス回収や燃料貯蔵など数多くの分野での応用が期待されます。

本研究成果は、2023年1月13日に 国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

背景
 活性炭やシリカゲル、ゼオライトなど私たちの身近にはさまざまな多孔質材料があります。近年、新たな多孔質材料としてCOFが注目を集めています。COFは優れた多孔性だけでなく、構造設計の柔軟性、それに伴って発現する機能性の面からも評価されており、触媒、ガス分離、プロトン伝導などのさまざまな分野への応用が期待されています。COFは共有結合の拡張性によって、主に2次元COFと3次元COFに分類されます。2次元COFは分子同士が平面的につながることにより、層状に積層して結晶化します。一方、3次元COFは分子同士が立体的に結合することで、細孔同士がつながったり、活性部位が露出したりするなどの興味深い特徴が現れることが知られています。しかしながら、3次元COFの結晶構造解析の難しさから、これに焦点を当てた研究がほとんどないのが現状です。

本研究グループは過去に、正方形プリズム型 (8連結)と正方形平面型 (4連結) の分子を連結した3次元COF『TUS-84』の合成に成功しています(*1)。TUS-84は相互貫入型(※1)の3次元COFで、優れた薬剤送達性能を有することを報告しました。今回、D3h対称の三角柱型 (6連結) とC4対称の正方形平面型 (4連結) の分子を連結することにより、従来とは異なる新たな3次元COFの創製を目指して、研究を進めてきました。

*1: 東京理科大学プレスリリース
「3次元網目構造を有する次世代の多孔質材料『TUS-84』の創製に成功~物質の吸着と放出を自在に制御可能、薬剤送達などへの応用に期待~」

研究結果の詳細
最初に、メシチレン、1,4-ジオキサン、酢酸の混合溶液中で、D3h対称リンカーであるHFPTPとC4対称リンカーであるTAPPのソルボサーマル反応を行い、黒紫色の結晶性固体TUS-64を合成しました。得られた化合物の構造解析や構造最適化の結果、TUS-64が三角柱 (6連結) のノードに正方形平面 (4連結) のノードが連結した非相互貫入型の3次元構造を形成しており、細孔径4.7nmの巨大な空隙と0.106 g/cm3という極めて小さな密度を有していることがわかりました。また、400℃付近まで加熱しても分解しないことから、優れた熱安定性を持つことが確認されました。

次に、比表面積測定とガス吸着挙動について調べました。測定の結果、TUS-64の比表面積は1632 m2/g、1 barにおけるガス吸着量は、水素では107.11 cm3/g (77K)と68.92 cm3/g (88K)、二酸化炭素では47.23 cm3/g (273K)と26.30 cm3/g (298K)、メタンでは14.49 cm3/g (273K)と8.77 cm3/g (298K)という測定結果が得られました。これは、TUS-64がさまざまな気体分子を効率よく吸蔵できることを示しており、温室効果ガス回収や代替燃料貯蔵の材料として活用できる可能性が示唆されました。

さらに、5種類の薬剤成分 (カプトプリル、イブプロフェン、イソニアジド、5-フルオロウラシル、ブリモニジン、※2~6) を対象に薬剤送達・放出実験を行いました。いずれの薬剤もTUS-64の表面ではなく、細孔内に内包されていることがわかりました。各薬剤の担持率については、カプトプリルで14.71 wt%、イブプロフェンで11.40 wt%、イソニアジドで17.37 wt%、5-フルオロウラシルで17.34 wt%、ブリモニジンで4.09 wt%という結果が得られ、いずれの薬剤に対しても、既報のキャリア分子よりも高い担持率であることが確認されました。また、各薬剤の放出率については、カプトプリルで約86% (12時間後) と約92% (2日後) 、イブプロフェンで約40% (12時間後) と約67% (6日後) 、イソニアジドで約16% (1日後) と約22% (10日後) 、5-フルオロウラシルで約12% (9日後) 、ブリモニジンで約35% (6日後) という結果が得られました。カプトプリルやイブプロフェンについては、既報のキャリア分子と同等の性質を有していることがわかりました。一方で、イソニアジド、5-フルオロウラシル、ブリモニジンについては、既報のキャリア分子よりも低い放出率となりました。これらの性質は、実際の治療の際に、より長期間にわたって、少量ずつ薬を投与する場面で有効であると考えられます。また、pH 5.0 (がん細胞のリソソームのpH) とpH 7.4 (生理的pH) における5-フルオロウラシルの放出挙動を測定したところ、がん細胞の環境であるpH5.0で優先的に薬物が放出されることが確認されました。

本研究の成果について、東京理科大学の根岸教授は「COFはゼオライトや金属有機構造体(MOF)と同様の多孔質材料ですが、設計性や安定性の面において、それらが抱える課題を克服しています。このようなCOFの特徴をうまく活用することで、次世代社会において求められるドラッグデリバリー材料、エネルギー・環境材料、分離材料などを数多く創出することができます」と今後の研究の発展に期待を寄せています。

※ 本研究は、中国国家重点研究開発計画(2021YFA1200400)、中国国家自然科学基金(No. 91956108, 21871103, 22201256)、浙江省自然科学基金(No. LZ22B010001)、日本学術振興会の科研費(JP20H02698, JP20H02552, JP22H04562)、矢崎科学技術振興記念財団、小笠原敏晶記念財団の助成を受けて実施されました。

論文情報
雑誌名: Angewandte Chemie International Edition

タイトル: Record Ultralarge-Pores, Low Density Three-Dimensional Covalent Organic Framework for Controlled Drug Delivery

著者: Yu Zhao, Saikat Das, Taishu Sekine, Haruna Mabuchi, Tsukasa Irie, Jin Sakai, Dan Wen, Weidong Zhu, Teng Ben, and Yuichi Negishi

DOI: 10.1002/ange.202300172

用語
※1 相互貫入: 異なる材料が相互に絡み合って形成された多重網目構造。

※2 カプトプリル: 高血圧、心不全に有効な薬剤。

※3 イブプロフェン: 解熱や鎮痛に有効な薬剤。

※4 イソニアジド: 結核の予防や治療に有効な薬剤。

※5 5-フルオロウラシル: 抗がん剤の一種。

※6 ブリモニジン: 緑内障や高眼圧症の治療薬。

研究室
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