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根岸 雄一教授らがナノサイズの「数珠繋ぎ」構造の形成に成功~金属クラスターを素材とした多様なナノ材料の開発に期待~

研究の要旨とポイント
・金属クラスターの凝集を阻止するための安定化保護剤「リガンド」のクラスター間相互作用を利用して、金属クラスターの立体構造を制御することに成功しました。
・リガンド間の相互作用の強弱により、金属原子の結合の有無と原子間の距離を制御できます。
・金属クラスターの立体構造の制御が可能となることにより、よりコンパクトで多機能なナノ材料の創製や、それに伴う電子デバイスの一層の高度化などが期待されます。

東京理科大学理学部第一部応用化学科の根岸雄一教授および同大学工学部教養/大学院電気工学専攻の山本貴博教授らの共同研究グループは、金-白金合金クラスター Au4Pt2において安定化保護剤として用いられるリガンド間の相互作用により、クラスターが多様な立体構造を取ることを明らかにしました。


金属クラスターを電子デバイスのナノ素材として用いる場合、クラスターをある程度の大きさにまで集積させる必要があります。しかし現状では、集積化に適した金属クラスターの構成単位の種類は極めて限られており、そのため、集積化に必要な要素や集積化によって得られる物性や機能などについてもほとんど情報がありません。


今回、研究グループは、水素化された硫黄(SH)を分子構造の末端に持つ有機化合物「チオラート(SR)」によって保護された金-白金合金のクラスター[Au4Pt2(SR)8]0を対象に単結晶X線構造解析など複数の解析を実施しました。その結果、[Au4Pt2(SR)8]0クラスターはAu(金)原子同士の結合を介して1次元で互いに接続された1D-CS構造を取っており、全ての[Au4Pt2(SR)8]0クラスターは互いに類似の立体構造を持っていたものの、クラスター内のリガンドの構造は一定ではありませんでした。合金内のリガンドの分布は、クラスター内のリガンドの相互作用に依存しており、さらに、リガンドの分布はクラスター間のリガンドの相互作用に影響して、1D-CS構造の接続を変化させていました。以上の発見から、クラスター内のリガンドの相互作用の制御により、[Au4Pt2(SR)8]0に目的とする立体構造を取らせることが可能であることが分かりました。


電子機器の高機能化が求められる中、今よりも細い配線を描く技術が求められ、個々の金属クラスターを精密に化学合成できる手法は既に確立されています。今回、金属クラスターを必要な形状に集積させる方法が発見されたことにより、金属クラスターを使用して今より細い配線を描くことができるようになり、電子機能の高度化が加速されることが期待されます。


【研究の背景】
金属クラスターは、数個から数百個の金属原子の集合体で、大きさは1~2 nm程度の粒子です。原子の種類や数により正二十面体などの特殊な原子配列を取り、通常の金属(バルク)とは大きく異なる物理的・化学的な特性を持っています。例えば、バルク状態の金(Au)は化学的に不活性ですが、金原子を含む金属クラスターの中にはアルコールの酸化反応の触媒として働くものがあります。そのほか、化学センサーや燃料電池、太陽電池など、幅広い用途に応用されています。


金属クラスターは、バルク金属の粉砕や、溶液中や気体中での化学反応によって作られ、そのままでは互いに凝集しやすいために、クラスター内の原子と結合して凝集を防ぐリガンド(安定化保護剤)によって保護されます。チオラート保護クラスターは金属クラスターの中でも最も活発に研究が行われているものの一つで、かつては多種の物質の混合物として取り扱われていた金属クラスターは、研究の進展により、化学組成の一定な一つの化合物として扱えるようになっています。


しかし、これまでの応用例では、金属クラスタは溶液中に分散しているか基板上に塗り拡げられている場合が多く、同種の金属クラスターがどのように集積し、どのような立体構造を取っているのか、また立体構造が金属クラスターの持つ特異な性質にどのように関わるのかを解析した研究は限られています。
例えば金原子のクラスターは、金原子同士が結合して1次元に繋がる、1D-CS構造を取り得ることが知られており、金属の荷電状態によってその構造と性質が変化するであろうことは理論計算によって予測されていました(Jiang et al., 2009)。しかし1D-CS構造を形成し得ることがわかっているクラスターの種類は未だ少なく、構造の形成に必要な条件や、構造の違いがもたらす性質の違いについての理解は限定的なままでした。


【研究結果の詳細】
研究グループでは、1D-CS構造を制御するためには、クラスター間のリガンドの相互作用を制御する必要がある、また、リガンド同士の相互作用は、個々のクラスター内のリガンドの分布に影響され得ると考え、「目的の構造を持つ1D-CSの創製には、クラスター内部のリガンドの相互作用を制御する必要がある」と仮定しました。本研究ではこの過程に基づいて、リガンドであるSRと、対応するクラスターの構造、金-白金合金クラスター[Au4Pt2(SR)8]0で形成された1D-CS構造の間の相関を調べました。


まず初めに、SRの存在下で金とプラチナそれぞれを含む陰イオン [AuCl4]-と[PtCl6]2-をそれぞれ還元し、金-白金合金クラスター[Au4Pt2(SR)8]0を合成しました。同合金をカラムクロマトグラフィに掛け、構造が互いに異なるクラスターを計6種類分離しました。各クラスターの構造を単結晶X線構造解析(Single Crystal X-ray Diffraction, SCXRD)を用いて解析したところ、6種類のうち5種類で、6個の金属原子(4個のAuと2個のPt)が8面体を構成し、8つの面それぞれに1つのSRが結合して架橋されていました。


これら5種類のうち3種類のクラスター内の金原子間の距離は、バルク金におけるそれより長く、隣接する原子同士は結合していないと考えられましたが、残り2種類では金原子同士の非結合距離より短い間隔で隣接していることが認められ、1D-CS構造が形成されたことが示唆されました。更に、これら5種のクラスターでは、それぞれのリガンドの相互作用の強弱により、クラスター同士の距離や回転角、光学活性や異方性の有無などが異なっていました。リガンドがクラスター間で一様に分布している場合、クラスター間の斥力が強まり、1D-CS構造の形成が妨げられていることもわかりました。


以上の結果から、クラスター内のリガンドの相互作用を設計することにより、1D-CS構造の形成の可否や、構造が形成された場合の原子間距離を制御できることが明らかになりました。本研究は、個々の金属クラスターから、目的とする立体構造をボトムアップで形成させる設計のガイドラインとなり得るものです。よりコンパクトで多様な機能を持つナノ材料の作成や、それに伴う電子デバイスの一層の高機能化への道が開けると期待されます。

※ 本研究は、科学研究費補助金(JP16H04099, 16K21402)および同補助金の新学術領域研究「配位アシンメトリー(17H05385)、「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光 ― 物質変換系の創製」(18H05178)、ならびに旭硝子財団より助成を受けて実施したものです。


【論文情報】
雑誌名 : Materials Horizons
論文タイトル : Understanding and designing one-dimensional assemblies of ligand-protected metal nanoclusters
著者 : Sakiat Hossain, Yukari Imai, Yuichi Motohashi, Zhaoheng Chen, Daiki Suzuki, Taiyo Suzuki, Yuki Kataoka, Momoko Hirata, Tasuku Ono, Wataru Kurashige, Tokuhisa Kawasaki, Takahiro Yamamoto and Yuichi Negishi
DOI : https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/MH/C9MH01691K#!divAbstract

根岸教授のページ:
大学公式ページ: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?5825
研究室のページ: https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/negishi/

山本教授のページ:
大学公式ページ: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?2d3b
研究室のページ: https://www.rs.tus.ac.jp/takahiro/