お知らせ

金属ナノクラスター技術を用いた新規光触媒の創製に成功 ~高機能触媒開発に重要な化学反応のメカニズム解明と高機能触媒の作製方法の確立~

研究の要旨とポイント
・新規高機能不均一系触媒の創製においては、金属ナノクラスターの凝集を防ぎつつ配位子を除去することが不可欠でありながら、その配位子の脱離過程での挙動は不明でした。
・配位子の脱離過程における化学反応および反応温度条件を明らかにし、この知見を元に高活性な金属ナノクラスター表面に金属酸化物保護膜を形成させる方法を確立し、高活性かつ高安定性を有する水分解光触媒の開発に成功しました。
・分子レベルにて配位子脱離メカニズムを解明し、新規高機能水分解光触媒の創製に成功した本研究は、今後、高機能不均一系触媒を創製する上での明確な設計指針となることが期待されます。

概要
 根岸雄一教授、川脇徳久助教、片岡祐紀氏(研究当時、修士課程2年)、同大学理学研究科化学専攻の平田桃子氏(修士課程2年)、秋永有輝氏(修士課程1年)らの共同研究グループは、微細な配位子保護金属ナノクラスター(NCs)の特性を活かした新規不均一系触媒創製に不可欠な、配位子の脱離メカニズムを解明しました。
 近年、微細な配位子保護金属ナノクラスター(NCs)の特異な電子/幾何構造を活かした、新規不均一系触媒創製に関する研究が盛んに行われています。しかし、このような触媒創製において、特別な取り扱いなく配位子を除去すると、金属NCsは容易に担体上にて凝集してしまうため、そのサイズ特異的性質を失ってしまうという問題がありました。そのため、金属NCsの凝集を防ぎつつ、配位子を除去する方法の確立が待ち望まれています。しかし、配位子の脱離過程の化学的プロセスについてはこれまでわかっていませんでした。
 今回、研究グループは、まず、配位子脱離過程で起こる化学的プロセスを分子レベルで調べました。その結果、金属NCs表面での配位子の解離が起こった後、発生した化合物はまず担体上へ吸着し、その後担体上から化合物の脱離が起こる、という過程を明らかにし、さらに、それぞれの反応が生じる温度条件も特定しました。また、この得られた知見をもとに、金(Au)NCsの凝集を防ぎつつ、その表面に金属酸化物保護膜を形成させる方法を確立し、それにより、高活性かつ高安定性を有する水分解光触媒を得ることに成功しました。 化石燃料に頼る社会からクリーンで再生可能なエネルギーを使用する社会への移行が急務となっている今、より効率的な水素生成のための水分解光触媒作製技術に注目が集まっています。本研究で得られた知見は、高機能水分解光触媒の創製、ひいては高機能不均一系触媒を創製する上での明確な設計指針になり得ると期待されます。

本研究成果は、2021年5月26日に 国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。



背景
近年、原子レベルで精密に制御された配位子保護金属NCsが、不均一系触媒(熱、光、および電極触媒)に積極的に応用されています。
こうして得られた不均一系触媒では、担持された金属NCsの化学組成が規定されていることから、配位子保護金属NCsを用いた不均一系触媒作製では、高活性金属NCsの特定とそれらの選択的担持が可能であることに加え、幾何/界面構造、触媒活性、反応機構の間の相関関係を深く理解することも容易であるなど、従来の触媒にはなかった多くの利点があります。
このような不均一系触媒を作成するおおまかな手順は、次のようになっています。
1)配位子を使用してNCsを原子レベルで精密に合成し、2)得られた精密な金属NCsを担体上に吸着させ、3)その後、より高い活性を達成するために、焼成などの前処理によって配位子を除去します。しかし、金属NCsからの配位子の除去は、金属NCsの凝集を引き起こして触媒活性の低下につながるため、金属NCsの構成原子数を維持しながら、配位子のみを除去する条件を明らかにすることが非常に重要です。
しかし、焼成時の配位子脱着メカニズムはこれまで明らかになっていませんでした。高機能な不均一系触媒を作り出すためには、このメカニズムを解明した上で、適切な条件下で触媒作製を行う必要があります。
根岸教授は、「これまでも微細な配位子保護金属NCsを用いた高活性な水分解光触媒の創製に取り組んできましたが、今後、適切な条件にて焼成を行い、それによって、高機能な不均一系触媒を創製する上では、まずは配位子焼成のメカニズムについて深い理解を得ることが不可欠であると感じてきました。そこで本研究では、配位子の焼成メカニズムを明らかにすること、それによって微細かつ安定な金NCsの担持された不均一系水分解触媒を創製することに取り組みました」と述べています。

研究内容と成果
今回の研究では、金属酸化物上にチオラート保護金(Au)25原子NCsが吸着した触媒について、焼成中の配位子脱離プロセスを追跡しました。
具体的には、a)まず、チオラート(SR)保護Au25原子NCs(Au25(SR)18)を原子・分子レベルで精密に合成した後、b)Au25(SR)18を水分解光触媒であるBaLa4Ti4O15 またはBaLa4Ti4O15 が部分的にアモルファス水酸化クロム(Cr(OH)3)により被覆されたCr(OH)3/BaLa4Ti4O15 担体上へ吸着させることでAu25(SR)18/BaLa4Ti4O15 またはAu25(SR)18/Cr(OH)3/BaLa4Ti4O15 を作製し、c)最後に、焼成による配位子の除去を行うことでAu25/BaLa4Ti4O15 またはAu25/Cr(OH)3/BaLa4Ti4O15 を作製しました。Au25/Cr(OH)3/BaLa4Ti4O15 についてはさらに光照射し、Au NCsがCr2O3膜に保護されたCr2O3/Au25/BaLa4Ti4O15 を作製しました。配位子の除去は焼成によって行われ、その際の反応メカニズムは、直接挿入プローブ質量分析(DIP-MS)、X線吸収微細構造分析(XAFS)、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、X線光電子分光法(XPS)、および透過型電子顕微鏡法(TEM)により追跡されました。
その結果、Au25(PET, p-MBA)18から熱的に解離した化合物は一度BaLa4Ti4O15 もしくはCr(OH)3/BaLa4Ti4O15 表面に吸着すること、その後スチレンまたはCO2の形態でBaLa4Ti4O15 もしくはCr(OH)3/BaLa4Ti4O15 表面から脱離することが明らかになりました。また、それぞれの事象が起こる温度帯についてのより詳細な分析結果から、300 ℃までの焼成ではAu25の凝集はほとんど生じないことが明らかになりました。
今回明らかになった知見に基づいて、Au25の凝集を防ぎつつその表面にCr2O3膜を形成させ、触媒の安定性を改善することも取り組まれました。その結果、微細で安定なAu NCが担持された高機能な水分解光触媒を創製するためには、焼成から光照射までの時間を可能な限り短縮することが非常に重要であることが明らかとなりました。そうした条件で光触媒を作製することで、高活性でかつ高い耐久性を示す水分解光触媒の創製に成功しました。
化石資源の枯渇と地球温暖化問題が深刻化する中、持続可能なエネルギー源への移行が急がれる昨今において、環境に負荷を与えず、二酸化炭素を発生せず、大きなエネルギーを生み出す水素は、エネルギー問題を解決する非常に有望なエネルギー源として注目されています。水と太陽光から効率的良く水素を生成する水分解光触媒の開発は現在急務な課題であり、本研究成果は水分解光触媒のさらなる開発に拍車をかけると期待されます。 研究を行った根岸教授は、「本研究がさらに発展すれば、エネルギー・環境問題のない社会が構築されると期待されます」として、今後の開発への期待を示しています。

※ 本研究は、日本学術振興会の科学研究費JP16H04099, 16K21402, 20H02698, 20H02552の助成を受けて実施したものです。

論文情報
雑誌名 : Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル : Creation of High-Performance Heterogeneous Photocatalysts by Controlling Ligand Desorption and Particle Size of Gold Nanocluster
著者 : Tokuhisa Kawawaki, Yuki Kataoka, Momoko Hirata, Yuki Akinaga, Ryo Takahata, Kosuke Wakamatsu, Yu Fujiki, Miori Kataoka, Soichi Kikkawa, Abdulrahman S. Alotabi, Sakiat Hossain, D. J. Osborn, Toshiharu Teranishi, Gunther G. Andersson, Gregory F. Metha, Seiji Yamazoe, and Yuichi Negishi
DOI : 10.1002/anie.202104911


根岸研究室のページ
研究室のページ: https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/negishi/
根岸教授のページ: https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?5825
川脇助教のページ: https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?7118